まぁ。無駄話この辺りにしておいて、今日は声優における「アーチスト」という
言葉について考えて見ることにしましょう。
私の周囲には國府田マリ子のファンが沢山いらっしゃいまして、随分以前に彼女が
映画に出る云々というお話を聞きました。
あれから、随分と経ったのですが、その映画は出来たのでしょうか?
話を聞きませんがどうなったんでしょうか。(御存知の方は是非教えて下さい。)
でもねぇ。仮にも主演作品なんでしょ?何でマスメディア等で話を聞かないんで
しょうか。最近の声優さんはマスメディア大好きなのに。
最近の声優さんの仕事ってこんなもんなのでしょうか。とすると、やっぱり中途半端で
不完全燃焼なんですよね。
いわゆる「声優」のまま、お仕事をするとこんな感じになってしまうのではないでしょうか。
きちんとした役者でもないのに映画なんて大層なものを作るからこうなってしまうのです。合掌。
TCVVで緊急に対策をしなければないらないと思っている「椎名へきる」に至って
は、あんた何者?って感じです。
私はこの人が「声」で活動しているのは見たことありません。
最近は、NHKのアニメ「YAT」にやっと出ているということのようですが、人気の
割りには、声の仕事が無いようですね。
ラジオには出ているらしいですけど、本来の仕事とは思えませんよねぇ。
これでは、アルバイトで声優しているんじゃないのかと思われても仕方ありません。
ほんと、これで「声優」なんて片腹痛いです。
やっぱり実力のない「声優」は「声」の仕事だけじゃぁ御飯が食べられないのですね。
力の無いタダ、人気だけの人は、実に様々なお仕事をしているわけですが、何を勘違いしているのか自分の興味ある分野に勝手に進出しています。
しかも、本人は「アーチスト」気取りらしいです。
演技力一つない者が「アーチスト」だって?もう、ちゃんちゃらおかしいです。
ヘソで茶が沸かせそうです。
ホント「アーチスト」ということばワイルドカードのように使えますねぇ。
(そういえば、ジミー大西もアーチストですしね。)
前回も書いたようにこまめにCDは出しているけど、ファンだけに売れるCDしか
出せないなんて百歩譲って歌手だとしても、芸術家とは言い難いです。
さて、この世の中「声優」という枠組みの中でどのくらいの人がキチンと声の仕事を
しているのでしょうか?
巷に氾濫している声優雑誌とかに載っている「声優」は、「本当にあなた声優なの?」
という人々ばかりで腹が立ちます。
役者としてキチンと仕事しないで、コンサートやらラジオやらで御活躍中ですからもう
その神経の太さといったらヤリイカ並みでしょう。
ヘタな歌を平気で出しているのは並みの神経の持ち主ではありません。
もし、お仕事がなくなったら神経伝達研究のために一肌脱いでください。
理化学研究所なんかがお薦めだと思います。
大体、世間には「声優」という人々が多すぎます。
これは、声優人気が再加熱(第三次ブーム?)して声優志願者が多いからのようです。
しかし、質が悪いものの大量生産なような気がしてなりません。
最近は仕事の幅も広がり活動の新分野として定番の擬似歌手の他に擬似エッセイストと
かラジオパーソナリテとかゲームの声やラジオ、OVAなど多岐に渡る分野が多くなっ
ています。(個人的にはOVAが粗悪声優の温床だと思っています。)
このように細分化されすぎてしまい、森林破壊よろしく、乱開発に近い状態ですね。
「声優」が新境地を勝手に切り開いてしまって、そのうち「声優は焼畑農業」とか呼ば
れてしまいますよ。
しかしですね、声優の数に比べて絶対数の需要が多くなっているとは到底思えません。
ですから、通常の経済原理なら当然、失業する「声優」が出るハズです。
でも、ヲタクワールドにそんな理論は通用しません。
ヲタク様は、演技力云々に無関係に際限無く強烈にダメ声優を支援します。だから、
どんな辺鄙(へんぴ)な分野に進出しようとも必ず付いてきます。
が、「声優」はそのヲタクパワーにかこつけて、何を勘違いしているのかCDや写真集
を出すわけです。
オタク様を尻に敷いてあぐらかいてどっしりすわっている姿が見え見えです。
誰のおかげでゴハンが食べられるのでしょうか。少しは考えて欲しいです。
では、もうすこし、掘り下げてみましょう。
この細分化により「声優」たちは淘汰選択を受ける場所が逆に少なくなっていると思
います。で、通常なら淘汰されてしかるべき存在なのに、生き残ってしまう人が多いの
です。
絶対数の声優需要に変化が無ければ、必然的に職にあふれる人たちが出るわけです。
本業では(力不足で)稼げなく、しかも己の欲求を満たすという自己実現も手伝って
写真集発売とか、CDを出すとかラジオを持つとか、ゲームの声などに進出するわけ
です。
でもね、細分化され仕事の幅が増えたとか活動できるメディアが増えたからといって
それが演技力の低下を許す口実にはなりません。
演技力はないけれどCDを出していい理由にもなりません。
最終的に「声優」達は言語明瞭・意味不明瞭な「アーチスト」という分類になって
しまっているわけです。
(この変なモノをここでは、あえて「声優アーチスト」と呼ぶ。)
ファンにしか売れない声優CDを作っていても、アーチスト。
誰も知らない主演映画に出ても、アーチスト。
ただ歌を歌うだけでもアーチスト。
あーあ、ほんと「声優アーチスト」は無能ばっか。
つまり、声優アーチストは力無きものの代名詞ですね。
だから仕事が先に述べたような中途半端な結果になってしまうのです。
最近、「**は、もう声優の枠では収まらない。」とか言う人がいます。
(**は任意の声優の名前をお入れください。)
でも、本当は、「声優という枠組みでは御飯が食べられない」というのが実情でしょう。
特別に凄いことが出来る訳でもなく、新分野に次々と進出している結果を端的に表現し
た言葉です。
このエッセイを読んでいる人の大半はTCVVの趣旨に賛同している人だと思います。
でも、中には「その人、そのものが好きなんだ!」とか思っている方も
いらっしゃるかと思います。
でもですね、声優と名乗るからには、まずキチンとした役者になってほしいのです。
その声優のファンはいいかもしれませんが、作品を見たいものにとっては、いい加減な
仕事をされては迷惑この上ありません。
そのしわ寄せは作品に直接あらわれるのですから迷惑を被るのは聴衆者たる私たちなの
です。
ろくに声の仕事をしていないでコンサートばかりしてる自称「声優」はこの際に辞めて
いただきたい。
そろそろ「声優アーチスト」をやめてほしいと思います。
中途半端なまま、声の仕事をしていては迷惑です。さっさと声優に見切りをつけて
どっか行って下さい。
まぁ力のなき人はどこ行ってもだめだとは思いますけどね。
声優養成所はISO9000を取得してほしいです。
今回は、ちょっとヒートアップしてしまいました。
なので、次回のネタが切れてしまいました。どうしましょう。うーん。
では、また。